テニススクールを辞める決断
「大事な決断は後回しに」と、よく私は患者さんや相談者にアドバイスをする。
しかし、今回は即座に決断をした。数年前より某テニススクールに通っている。始めた頃は、ボールを追いかけるのが、必死で、他者のプレーなど気に留められなかった。少しづつ、余裕が出てきたのか、最近は生徒さんの様子が気に入らなくて仕方ない。
特に、男性。女子相手にスピードをあげたボールを打ち込んできたり、全力でボールを返してくる。テニスのお上手な男性は、そんな事はしない。相手に合わせたプレーを調整してくれる。
今日も某テニススクールの練習試合に参加したのだが、5人中4人が男性だった。メンバーを見て、「あー、ダメかも」と思った。そう、その通り。テニスはたいして上手ではないのに、パワーばかりで押してくる男性ばかりだったのだ。
試合開始初旬は、「なにくそー」と思っていたが、だんだん腹が立ってきて、途中で抜けて帰ってきた。
自分の気分をコントロールするのは、自分である事は重々承知している。が。
女子が打つサーブは全て、ストレートへ打ち、ポイントされる。パワー任せのプレーばかりで、やってられなくなった。私の実力不足も認める。
そんなわけで、練習試合はお金の無駄遣いに終わった。
話しは元に戻るが、レッスン代を払ってつまらないのなら、払うのはやめようと即座に決断した次第だ。
レッスンを受けるところは、沢山ある。自分に合ったところをこれから探そうと思う。
看護師の人権
今日、ロン毛の男性患者さんから、髪の毛をゆって欲しいと依頼がありました。
「男性の髪の毛をゆうのは、苦手なのでごめんなさい」とお断りしたら、ブチギレられました。
「業務怠慢」だとか言って、大声を上げられたのです。
正直、男性の髪の毛をゆう作業は、
「気持ち悪い」感じがしたので、そうとは言えず、言葉を濁して伝えたつもりでしたが、残念です。
「自分でケアできない髪型がそもそもの問題」なのですが、なんせ精神科に入院されている方に、そこを理解してもらうのは難しい。
看護師は、そこまでケアを提供しなくてはならないんでしょうか?
もちろん、不快なケアも我慢して行う事はよくあります。便や尿失禁の後始末などもあります。患者さんがセルフケアできない部分について支援する事に関しては、仕事だと思っています。男性のロン毛の髪をゆう事は、失禁の処理をするよりも、不快に感じています。
この年になって、仕事上もベテランになって、こんな事で不快な思いをするとは意外でした。
看護師ってほんとに、なんなんでしょうか?
職業アンデンティティが揺らぐ1日でした。
一年を振り返る
同居の母の体調がすぐれなくなってから約一年。晴美さんは転んで、硬膜下血腫で救急搬送。左半身麻痺となった。何とか一命を取り留め、3ヶ月間リハビリ病院へ。
やっと自宅に退院した。介護度4,私の介護の日々が始まった。職業上、気楽に考えていたが、そうはいかなかった。いつ終わるかわからない介護、日々年老いていく母。何かを手伝って欲しいのではなく、このストレスをどう吐き出していいかわからない毎日だった。
かわいそうだが、母に冷たく当たった事も多々あった。自分らしく生活できなかった。
母の介護をしているうちに、母の人生の中に私の人生が、さっぱりと入り、私は私でなくなったのだ。
自宅に帰ってから、3度尻もちをついて転倒した。3度目は脊椎の圧迫骨折となり、痛みのために受診さえも出来ない日々。
「あーもう限界」母に伝えた。しかし、結局母には、伝わらなかった。圧迫骨折で入院してよくなったら、また、家で私と暮らせると思っていたのだ。
説得をして施設で生活してもらう事をお願いした。
定職に就きながらの片手間の介護は、そう、甘くない。専門家にお任せすることをおすすめする。
母は母の人生、私は私の人生を生きるためだ。私の人生は私のもの、母のものではないとやっと気づいた。
晴美節
正直イライラがたまらない。止まらない。
自分の思うように、母がしないからだということは、わかっている。
母は母の価値観で発言や行動をしているのだから、仕方ないと思って、腑に落とさなければならないのに、できない。
母との価値観の違いで、イライラが発動したとき、もしかすると、自分自身を攻めているかもしれない。わたしがこうすれば、私がこうしなければ、もめごとにはならないと。
でも、そう思わないことにした。
母の価値観と私の価値観の違いが生じたときは、「出たよ晴美節」と思うことにした。そう、母の名前は【晴美】だ。
今日も「晴美節健在」だ。
母の介護
「美容院に行って来る」と出かけた母。途中で転倒し、救急搬送。硬膜下血腫大左半身麻痺になった。4ヶ月の入院生活をへて、在宅介護となった。
母が退院して4日目。目の回るような忙しさだった。といっても、まだまだ、軌道にはなっておらず、イレギュラーなことばかりが、勃発している。元々、嘱託医だったクリニックが訪問診療をしていないことにより、訪問診療してくれるクリニックをこれから探さなくてはならない。
私の仕事も夜勤をこなす二交代勤務のため、不定期に訪問ヘルプサービスを依頼しなくてはならなかったり。
自分自身のスケジュールでていっぱいのところ、母のスケジュール管理までしなくてはならない。
時々、イレギュラーな方が起こると、涙が出そうになる。
時間は戻らない。先に進むしかないのだ。と自分に言い聞かせる毎日だ。
これが仕事なのだ
夜勤中、巡視を1時間または、30分毎に行う。大体は、尿失禁に伴うオムツや衣類の交換だ。たまに、そこら辺に放尿もある。
マスクでほぼ顔をかくして、ちょっと暗い中なので、笑顔までは振りまけないが、「大丈夫ですよー」と声をかける。
本音は違う。「あーマジか」「めんどくさいなぁ」と思っている。
白衣の天使とて、夜中の粗相の始末にまでかんだいにはなれない。
ただ、ただ、これが私の仕事なのだと言い聞かせて、仕事する。
だんだん、夜が明けて明るくなると共に、
「あと少しでも夜勤から解放される」とポジティブな思考になっていく。
テニスの王女様
大学生時代、付き合っていた彼にテニスが下手で振られた。
と、思っているのは私だけだ。テニスの上手い彼女に奪われたのだ。中年のおばさんが今更何を、と思う。
テニスを始めた理由は、そう、振られたからだ。
何十年も月日が流れても、忘れられない。
テニスを始めて、2年が過ぎた。
今なら、テニスが下手で振られるような事はないだろう。今更だが。
エースを狙えの中に出てくるお蝶夫人。テニスが上手で、強くて、とてもエレガントだったことを思い出す。
犬がボールを追っかけるようなテニスではなく、俯瞰してボールを追える、エレガントなテニスをしたいと思っている。
時々、テニスクラブのレッスンを受けると、女子相手に10割の力でボールを返す輩がいる。
そんな相手を見ると、急にテニス熱が冷めていく。そんな奴なら限って、コントロールのセンスが全くないわけで、一体何がしたいのか。
そんな雑念が湧くと、レッスンに集中できなくなる。コーチよなんとかしてくれないかーと考えている。
自分のプレーに余裕ができたのか、他者のプレーが気に掛かって仕方ない最近なのだ。



